トップページ > 医学生の進路ガイド「解剖学(3)」

医師と言えども転職が当たり前の時代になってきました。その理由は様々ですがやはり、「これからのキャリアプランを考えて」、「年収をもう少し増やしたい」、「仕事に忙殺されていて、もう少し自分や家族との時間がほしい」と言った、誰もが納得できる理由が多いように感じます。一度しかない人生ですから、悔いのない生き方・働き方を選びたいものです。転職に悩んでいる先生方か、ぜひ素敵な仕事・職場にめぐり合えることを祈っております。

医学生の進路ガイド

  • 「解剖学(3)」

<解剖学助教授T・K>

もしこの欄のタイトルが「私はなぜ医学を選んだか」であれば、その答えは非常に簡単であったでしょう。昔の登山家、マロリーの名言ではありませんが、小学生の頃から私の行く道の将来には、「医学部」があったのですから。

これは幼い頃からの父親の「人の病気を治してあげられるお医者さんは偉い!」という刷り込み教育のせいだったのかもしれません。しかし、まっすぐに伸びているようにみえて、人生には突然曲り角が現れたりするものです。現在、解剖学を教えながら、神経科学の研究を続けている私も、そんな曲り角に出会って立ち止まったことが何度かあります。そんな私の経験を語ることが少しでも皆さんのお役に立てれば幸いです。

希望通り医学部に進みながら、しかし卒業を迎えたときには、私も進路に迷う平均的な学生の一人でした。最初に選んだのは麻酔科でした。これは神経科学に興味を持っていて、麻酔科の立場から研究できるのではないかと思ったからでした。

しかし、この選択は間違いだったことが入局してすぐにわかりました。麻酔科の主要課題は、当然のことながら循環のメカニズムや体液バランスであって、決して神経機能の解明ではなかったからです。しかし入局してしまえば、麻酔科の毎日は忙しく、朝は外科医より早く手術室に入り、夜は外科医の退場後も患者の術後管理に暮れるという日々で、私の期待はずれの不満は押し流されてしまいました。

ところがそんな最中、突然私は倒れてしまったのです。それは過労に妊娠が加わった結果だったのですが、この事件によって与えられた1ヶ月の休養は、周囲に流されがちだった私に、初めて「自分自身のやりたいことは何か」を本気で考えさせてくれるきっかけになりました。

新米医師として加わった臨床の現場で、各疾患の病理・病態を調べると、いつも痛感するのは最も基本的な生理や解剖(特に組織学)の知識のいい加減さでした。学生時代にこれらの科目を低空飛行で通過したことが、今更のように悔やまれました。「基礎からもっと詳しく勉強し直そう、それも興味のある神経科学の分野で・・・」。それが、子供ができて育児に手がかかるこの時期を、一種のモラトリアム期間と受けとめた、私の決心でした。

幸いにも、そんな私の希望におあつらえ向きの研究室がまさに足元にあったのです。母校の医学部の解剖学教室にはその当時、電子顕微鏡による微細形態分野の研究では世界のトップレベルにあった先生が赴任して来ておられました。

学生として教えを受けたことはなかったのですが、先生の細胞生物学の入門編のお話、見事に細胞世界を写し出した美しい電子顕微鏡写真に、目から鱗が落ちる思いがしたことを覚えています。

これまで知らなかった細胞生物学の世界を知る喜びから、私の研究生活はスタートしたのでした。

その当時の先生の研究の本筋は内耳や(魚の)側線などの感覚細胞の微細形態でした。

しかし教室員の研究テーマは全く自由とされていて、私は神経系、特にシナプスの徹細構造をテーマに選びました。教室の先輩方には個性的で特色のある方が多く、研究室は刺激的で自由な雰囲気にあふれでいました。

ここで研究室におけるマナーや研究に対する態度を先生から厳しく教えられたことは、その後の私の研究生活に大きな影響を及ぼしています。

例えば、「研究室を清潔に!」(汚い研究室ではろくな成績を挙げられぬ)、「実験のどのプロセスも大切に!」(ただ一ヶ所の汚染が全体をダメにする)、「データを大切に!」 (電顕写真を雑に引き出しに放り込んでいた先輩は、明日からもう来ないでよろしいといわれた)等々。

そして極めつけが先生のこの一言。「電顕写真を1,000枚ぐらい撮れば、論文が一つくらいは書けるでしょう」。

また、形態学のデータの解析には、一種の勘というか、ひらめきを大事にしなければならぬということを、その後留学したロンドン大の教授から教えられました。

その後の道は、割合まっすぐに現在のシナプスの機能形態学という研究領域に続き、今は「シナプスの可塑性」についての研究を手がけています。中でも「長期増強」という神経生理現象に特に注目しています。これは神経線維を短く条件づけ電気刺激すると、そのシナプスの伝達効率の上昇が長時間続く現象で、中枢における記憶や学習の基本的なメカニズムであろうと考えられているものです。

この「長期増強」の出現と同時に、シナプス結合の形態や数が変化する、すなわち「シナプス構造の再構築」が起きることが明らかとなり、目下、その意義や分子機構の解明に躍起になって取り組んでいます。

この「シナプス構造の再構築」は、記憶や学習のみならず、神経の発達や再生のときにも認められるので、神経全体の活動状況の最終的な表現が「シナプス構造の再構築」となって出てくるのではないかと考えています。

ともあれ、若き日に選んだ神経科学の道を、良き仲間に恵まれて、ここまで歩んで来られたことを幸せに思っています。三人の子供を持ったので、育児や家事に目の回る思いだったこともありますが、何とか続けて来られたのは、自分なりの時間調整が可能な基礎医学の分野だったからでしょう。

進路に迷っている皆さん、臨床だけでなく、基礎医学の科目も選択範囲に入れてみませんか?医学生物学の大きな課題の解明に向かって、研究に没頭するのも、また良き人生かもしれません。

<続く>

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